世界最速のハーレーダビッドソン。
スピードの限界への挑戦。

長い直線路を使って最高速を競うランドスピードレース。アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどで開催されている競技で、ストリームライナーと呼ばれるフルカバードでロケットのような形状のランドスピードレーサーは時速500キロを超える最高速を出しています。ランドスピードの聖地と呼ばれる場所がアメリカ、ユタ州北西部にあるボンネビル・ソルトフラッツ。見渡す限る真っ白な塩の平原で高低差が全くなく、10マイル(約16キロ)以上の直線コースを取れることで100年以上前から最高速へのチャレンジやレースが開催されています。毎年、天候や塩のコンディションが安定する夏から秋にかけて幾つかのランドスピードレースがボンネビルでは開催され、その中でもMotoGPや世界耐久選手権などを主催するFIMとアメリカ最大のレース主催団体であるAMAが公認するレースが「ボンネビルモーターサイクルスピードトライアルズ(通称BMST)です。

このレースに2008年からチャレンジしている日本人がHiro Koisoこと小磯博久さん。ラスベガスのハーレーダビッドソン・ディーラーのメカニックで、インジェクションチューニングのスペシャリストです。2008年に通勤に使っているハーレーFXDをチューニングして初出場。いきなりストリートバイクのハーレーの最高速度記録を樹立しました。2010年にはエンジンを2212ccのレース用エンジンに換装、さらにスーパーチャージャーを装備して翌年には6クラスの最高速記録を獲得。名実共に世界最速の公道仕様ハーレーとなりました。
小磯さんは、それでも満足することなく毎年アップデートをし続け、2012年には大型のフェアリングを装着したパーシャルストリームライナーのクラスに挑戦。時速320キロを超える最高速を出したもののリターンランでバイクが炎上。この年のレースを終えました。翌年は、カウルを修復した上に更にチューニングを突き詰め271馬力までパワーを上げ、3クラスのレコードを獲得。2014年は、約354キロを出して自身の記録を更新していきました。2015年は天候不良でレースは中止。16年は時速300キロを超えるスピードから転倒し記録を出すことは出来ませんでした。自身の怪我の治療が終わりバイクの修復ををしたものの2018年のレースにはフェアリングが間に合わず、オープンバイクのクラスにチャレンジ。フェアリング無しにも関わらず時速363キロと言う驚異的なスピードで世界記録を塗り替えました。
その後2018年には空力を見直したフェアリングを装着しパーシャルストリームライナーのクラスで時速416.18キロと言う前人未到のスピード域に到達。FIM、AMAのレギュレーションでは、同じコースを逆から走るリターンランと2回の平均速度が正式な記録になります。しかし減速時にフロントタイヤがバースト、エンジンも深刻なダメージを負ったため、自己記録となってしまいました。2019年は、前年の記録を正式なレコードにすべく走ったものの、塩のコンディションが悪く最高速が伸びなかった上に350キロを超える速度でラフにはまり転倒してしまいます。翌年は世界的なコロナ禍でレースは中止。挑戦は一筋縄ではいきません。

2021年はエンジンと車体の全てを見直しての挑戦となりました。2021ccのレーシングエンジンにスーパーチャージャーという取り合わせは変わっていませんが最高出力は、ガソリンで330HP、ナイトラスオキサイドを噴射することで380hpにまで達するマシンになりました。チューニングを変えれば400hpを出すことも可能だとか。参考までに公道でのハーレーは100馬力もあればかなりのモンスターです。新たにエンジンマネージメントシステムを採用し、より効率的にハイパワーを路面に伝えることができるようになったのが大きいそう。この高出力エンジンを限界まで回す挑戦を支えるのはMOTUL 300Vです。いかにハイスペックなエンジンでも信頼できるエンジンオイルがスムーズに、そしてしっかりと守る仕事をしなければ、メカニカルな駆動が多い設計のOHVエンジンでここまでの高出力を出すことはできなかったでしょう。

この年は、塩のコンディションも良く小磯さんは初日から370キロ近いスピードでレコードを更新。着々と18年に出した自己記録の416キロに迫ります。3日目にはダウンランで393キロ、リターンランで400キロを超え、平均の401.440キロがFIMの正式な最高速記録となりました。残念ながらその後は路面のコンディションが悪化。挑戦はここで終わりを迎えます。

2022年と23年は、天候不良でレースは中止となり、24年は個人的な都合でレースには出場しませんでした。そして2025年の夏、挑戦の火は消えることなく4年ぶりにソルトフラッツに挑みました。BMSTの3週間前に開催されたボンネビル・スピードウイークの時点では適度に乾燥し路面の状況は良好でしだが、その後全く雨が降らず、乾燥しすぎて塩が隆起している箇所が多く見られるようなコンディションでした。そのため初日は、無理に最高速は出さずに様子見。その夜に待望の雨が降ったものの、予想を遥かに上回る豪雨で2日目のレースはキャンセル。3日目はコースはオープンしましたが小磯さんなど時速300キロを超えるマシンが走るロングコースは乾かずに閉鎖。ショートコースのみでのレースとなりました。
本来3マイルを使って最高速に達する小磯さんのハーレー。ショートコースの加速区間は、わずか1マイルしかありません。それに加えて減速に使える距離も1マイル。時速400キロへの挑戦は不可能と判断し、ナイトラスを用いたフューエルクラスの自己記録を更新することにスイッチしました。4日目にはギアが破損するなどのトラブルはあったものの、時速346.84キロでレコードを獲得。レースの帰り道、小磯さんは「430キロまで最高速を伸ばせるパフォーマンスを確認できた」と笑顔で語っていました。

ハーレーのワークスチームが1970年に2機のエンジンを搭載したストリームライナーで出した記録がハーレー史上最速の424キロです。小磯さんがこの記録を打ち破り、世界最速のハーレーとなる日は、きっとそう遠くないはずです。情熱が世界記録へと変わる日、それを支える大事なパーツの一つがMOTUL 300Vであることは間違いありません。
text&photo:Takamasuiphotography